研究内容

基礎生命科学研究は大変革期を迎えています。

生命現象は遺伝子がコードする様々なタンパク質が多様な機能を担うことで行われていることから、個々のタンパク質の機能を知ることで生命現象を理解する試みが長年進められてきました。そしてタンパク質の機能はそれぞれが持つ特徴的な立体構造により規定されるとの考えから、立体構造を実験的に(多大な労力を払って)明らかにする試みも進められてきました。

しかしながら、個々のタンパク質が持つ機能と生命現象の間には大きなギャップがあります。例えば我々のテーマの1つであるオートファジーは、数十種類のAtgタンパク質が協力して機能することで進行しますが、個々のAtgタンパク質が持つ1分子としての機能を明らかにしても、オートファジーという現象を理解することはできません。タンパク質の集団としての振る舞いを理解することが、生命現象の理解のためには重要であることがわかってきました。この集団としての振舞いを規定するメカニズムの代表例が、生体内での「液-液相分離」という現象であり、2009年にその重要性が指摘されて以来、オートファジーを含む多くの生命現象で液-液相分離が重要な役割を担っていることがわかってきました。生体内における液-液相分離とは、タンパク質や核酸などの生体分子が過度的に集合してやわらかい液体状の会合体(液滴やメンブレンレスオルガネラなどと呼ばれる)を形成する現象で、特定の機能を担う「場」を細胞質や核質、さらにはオルガネラの内部に形成し、いろいろな機能を担います。これまでいくら研究してもよくわからなかった生命現象が、液-液相分離の概念を導入することでスッキリと理解できるようになった例が続出しており、あらゆる生命現象の見直しが世界中で進められています。

さらにタンパク質の構造研究にも大変革の波が押し寄せています。これまではX線結晶解析法やクライオ電子顕微鏡法、NMR法などを用いて実験的に多大な労力をかけてタンパク質の立体構造を決定する作業が進められてきました。私たちのグループも20年近くかけて数十種類のAtgタンパク質の立体構造を決定してきました。しかし2021年にAlphaFold2という立体構造予測プログラムが公開されて以来、タンパク質のアミノ酸配列情報のみから高精度な立体構造をいとも簡単に予測できるようになり、研究者は誰でもいつでもタンパク質の立体構造にアクセスできるようになりました(もし20年前に同じプログラムがあったらと思うとこれまでの人生を反省したくもなりますが)。これはいままで目隠しをしながらタンパク質の機能をやみくもに調べていた多くの(構造生物学者ではない)研究者が、突然目隠しを外されて見ながら研究を進められるようになったようなものです。

当研究室ではこの大変革期において、

①液-液相分離の概念を用いてタンパク質の集団としての振舞いを理解する
②立体構造情報を駆使して合理的に機能解析を進める
という2つの主要な方針のもと、
③複雑な生命現象を試験管内で単純化して再現する(再構成)研究
④酵母や哺乳類細胞などを用いた細胞生物学的研究

を並行して進めることで、様々な生命現象を分子レベルで明らかにすることを目指します。これまでは細胞内現象であるオートファジーのメカニズム研究を重点的に行ってきましたが、「睡眠」のような高次生命現象のメカニズム解明にも着手しており、面白くかつ謎に満ちた様々な生命現象を理解する研究を楽しみながら進めていきます。

 

研究成果のご紹介

オートファジーの主役である脂質化Atg8の立体構造と分子機能の解明

Maruyama, T., Alam, J. M., Fukuda, T., Kageyama, S., Kirisako, H., Ishii, Y., Shimada, I., Ohsumi, Y., Komatsu, M., Kanki, T., Nakatogawa, H. and *Noda, N. N. Membrane perturbation by lipidated Atg8 underlies autophagosome biogenesis. Nat. Struct. Mol. Biol. 28, 583-593 (2021). DOI: 10.1038/s41594-021-00614-5